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    「モンス・デジデリオ」幻視された崩壊と破局の美学4

    • 2009.08.14 Friday
    • 14:19
    モンス・デジデリオの実質的な正体であるフランソワ・ド・ノームは、谷川渥氏も紹介しているように16~17世紀オランダなどプロテスタント圏で流行した「ヴァニタス画」を描いている。私見では、「ヴァニタス画」はある種歴史や宗教といった個人や共同体を超えた超越的な世界の庇護から放り出された人間が、人生の虚無、孤独、時間のうつろいやすさといった個の存在の不確かさに畏れ戦いた結果誕生した絵画ジャンルであり、フランソワ・ド・ノームも典型的な「メメント・モリ」である髑髏を配した「ヴァニタス画」をものしている。松井冬子、亀井徹がやはりある視点において現代のヴァニタス画家であると考えられるのは、彼らが21世紀において同様に個の危機の時代特有のメンタリティを共有しそれが画幅にひときわ強く溢れていると感じられるからである。前述のとおり「ヴァニタス画」は聖なる天蓋を失い虚空に放り出され、すなわち教会が統べる共同幻想としての超越的な神から、聖書による個々人の神の内面化プロセスを経て、個人の死に対する畏怖がはっきりと認識された結果誕生したのだとすれば、それが仏であれあるいは共同体であれ、人々を包み込んでいた象徴秩序の解体と市場経済による世界の均質化によって虚無、孤独の観念の偏在化を促進したことは間違いない。いわば「ヴァニタス画」は共有された「ハレ」の世界を失い恒常的に「ケ」の世界を個が受け止めなければならなくなった人間の宿命的な創作物であろう。この運命は人間のみならず人間の所産である都市もまた享受することになる。谷川渥氏はモンス・デジデリオの絵画を「都市のヴァニタス画」と呼ぶのである。



    「静物画」フランソワ・ド・ノームの絵とされる。

    静物画


    「花虫達」2007年(亀井徹画集『ヴァニタス』所収)

    花虫達



    「くちなし」2006年(亀井徹画集『ヴァニタス』所収)

    花虫達



    「陰刻された四肢の祭壇」2007年(『松井冬子画集一』所収)

    陰刻



    またフランソワ・ド・ノームはブリューゲルなど北方ルネサンス絵画の人気テーマである「バベルの塔」も共作している。旧約聖書にある「バベルの塔」のエピソードは、まさにあの時代の危機意識を反映していたはずだ。



    「バベルの塔」1563年、ブリューゲル

    ブリューゲル



    「かつて人間は、皆一つの同じ言葉を使い、同じように話していた。彼らは東方に移動し、南メソポタミア地方のシンアルの地に平野を見つけて、そこに住みついた。彼らは石の代わりにレンガを、漆喰の代わりにアスファルトを用いることができるようになった。 彼らは言った。 「さあ、天まで届く塔のある町を建て、有名になろう。そして、全地に散らされることのないようにしよう」 こうして人々は、天まで届く、高くて大きな塔の建設に着手した。だが、このような人間の企てを神が見過ごすはずがなかった。神は下ってきて、人間が建てた塔のあるこの町を見て言った。 「彼らは一つの民で、皆一つの言葉を話しているからこのようなことをしはじめたのだ。これでは、彼らが何を企てても妨げられない。ただちに彼らの言葉を混乱させ、互いの言葉が聞き分けられぬようにしてしまおう。」 この神の決断によって、人々は同じ言葉で話せず、相互に意思疎通を図ることができなくなってしまった。言語による人々の統制も不可能になった。その結果、人類は全地に散っていかざるを得なくなった。こうして人々は、この町の建設をやめたという。

    塔の建設を企て、神の怒りを買ったこの町は、バベルと呼ばれた。神がそこで言葉を混乱(バラル)させ、またそこから人々を全地に散らしたからである。 この物語は、バベルの塔を建てようとした人間のおごりに対して、神が審判を下した結果であり、世界中に多くの言葉が存在することの理由として、しばしば語られている。 しかし、この物語が持つメッセージは、それだけではない。 この町の名であるバベルは、古代メソポタミアにおいて絶大な権力をふるったバビロニアの首都バビロンのヘブライ語の形であり、アッカド語では「神々の門(バブ・イリ)」を意味した。そして、そのバビロンには実際に、巨大な塔がそびえ立っていたのである。この塔は、ジックラトと呼ばれる階段状の建造物であった。バビロンは、当時まさに神々の世界と地上とをつなぐ、世界の中心と理解されていた。 古代イスラエルの人々は、このバビロニアのジックラトを知っていた。そして、バビロンに対する強烈な批判を、この物語に込めたのである。絶大な権力と文明を誇るバビロンは、世界の中心として人々を統治するかに見えて、実は「混乱」の源にほかならないと。 この教訓があるにもかかわらず、人類は、いつの時代にも巨大な建物を建てようとする。それは、建物の威容が権力の象徴と容易に結びつくからかもしれない。」(『図説 聖書の世界』Pより36~38 月本昭男・山野貴彦・山吉智久著 学研)



    「バベルの塔」(『モンス・デジデリオ画集』所収)

    バベル



    モンス・デジデリオの作品群における「バベルの塔」「ヴァニタス画」「世界の終わりの風景」はあきらかに連続した関心によって描かれたものであると考えられる。ひるがえって現代。われわれはあらたな世界崩壊の瀬戸際にある。それは数年先、数ヶ月先、あるいは数日先のことなのか。『モンス・デジデリオ画集』を今ふたたび読者のもとにお届けする意義がここにある。われわれはすでにこの画集の中の住人なのである。



    「偶像を破壊するユダ王国のアサ王(聖堂の倒壊)」(部分)(『モンス・デジデリオ画集』所収)

    モンス・デジデリオ



    追記

    「世界の終わりの画家」モンス・デジデリオを語るならば、もうひとりの天才画家の名が浮上してくるはずだ。

    強欲を貪り神々の怒りにふれた人類。それが今まさにわれわれであるならば、人類最期の日、「ハルマゲドン」による世界終焉を鬼気迫る筆致で描ききった19世紀の英国画家ジョン・マーティンを忘れるわけにはいかない。



    『ジョン・マーティン画集』(1995年、トレヴィル刊)

    ジョンマーティン

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    • 2016.08.05 Friday
    • 14:19
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      コメント
      ミナサマ、幸せになりましょう!!そして、愛ある日々を送ってくださいね!!ベジタリアンを私は、守っていくとします!!お父様、お母様、愛しておりますよ!!働いた私ですけれども、まだ、生家にいます。よろしく!!

      ロドリゲス ポター
      ミナサマ、幸せになりましょう!!そして、愛ある日々を送ってくださいね!!ベジタリアンを私は、守っていくとします!!お父様、お母様、愛しておりますよ!!働いた私ですけれども、まだ、生家にいます。よろしく!!

      ロドリゲス ポター
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